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私は東京に住んだことはないのですが、木村荘八の「東京繁盛記」は市井の風俗を活写して大変面白い随筆です。文章と絵の両方に優れた人というのは少なくて、私の知っている限りでは鏑木清方くらいしかおりません。よくよく考えれば得難い人材だったのです。

木村荘八には挿絵の仕事が多く、永井荷風の「墨東綺譚」や大仏次郎の「霧笛」などは彼の代表作です。この手の時代物の挿絵というのは最近いたく注目度は悪いので、これから残っていくのかどうか、私には良くわかりません。写真を見ていただければよくわかるのですが、女性の着物姿や体型など、もうこのように描く人はいないでしょう。

友人の画家、中川一政などは「荘八は妙に考証に凝ってしまって、こじんまりとした絵しか描かなくなってしまった」と言って、大成しなかった彼を残念そうに評しております。絵描きとすればそのような見方もあると思いますが、「東京繁盛記」のような作品は木村荘八以外に出来た人を私は知りません。

写真の2,3つ目が「墨東綺譚」の挿絵です。奥様の木村富子さんは随筆家で「随筆浅草富士」(双雅房:昭和18)などの作品があります(写真一つ目)。「墨東綺譚」の挿絵の時は男性が取材しにくいところを奥様に取材してもらったそうです。写真は「東京繁盛記」(演劇出版社:昭和33)より撮りました。現在この本は岩波文庫に収められております。